☆お知らせ☆ 藤原正彦先生との対談アップ(後編)
藤原正彦先生との対談の後編をアップします。前編は以下でご覧になってください。
「藤原正彦先生対談の前編」
城内 中国の餃子問題に端を発して、初めて食料の自給自足が大切であることに気がつき始めました。日本の食糧の自給自足率は三十九パーセントと低すぎます。やはり、日本の農業を改めて考える必要があると思っています。
二十一世紀は環境とか健康、人と人との信頼関係、共存共栄、和の精神といった、日本が得意とする分野がすべての地球人類の幸せを左右する鍵を握っていると思います。目に見えないものを大切にする時代です。これらの二十一世紀の日本の使命はこういうところにあるのではないでしょうか。人を殺す兵器をどれだけ大量に作るかよりも、美しい地球を守ることに力を傾けるべきだと思うのです。そこに、日本人的な発想、知性、感性、霊性をもって、環境技術の開発などの分野でお役に立てることができます。
国内に目を転じると、農業の分野は疲弊しています。減反政策を切り替えどんどん田や畑で食料をつくる。野菜は百パーセント国内で自給する。米もどんどん作って、農家から買い上げ、お米の粉を加工してパンなどの食品にして自給自足を復活したらよいと考えます。場合によっては米の加工食品をОDAのカネのバラマキのかわりに発展途上国に現物支給する。
ところで、今の世界経済はどのような状況でしょうか。
藤原 一見するところ、世界の景気は悪くないようですが、デリバティブの残高は二年前の統計で一兆円の六万倍になっています。つまり、六京(けい)円です。私はデリバティブのことを経済の時限爆弾と呼んでいます。サブプライムもデリバティブの一種です。これが崩れ始めてきて、早晩、崩壊するでしょう。これは資本主義をぶっ飛ばしかねない大変な問題です。私のような数学者が三年ほど前から警告を発していたのに、エコノミストや経済学者は分かっていないのか分かろうとしないのです。
要するに、共産主義をねじ伏せたのは良いが、それで勝利の美酒に酔いしれてしまった。何でも規制を取り払い自由競争にした結果、このような世界的な問題を抱えるに至ったというのが真相です。
しかし、日本人の発想はまるで違う。日本は何世紀にもわたって、「たかが経済」「たかがお金じゃないか」という思想なのです。
欧米人は「これだけ働き、これだけ成果を挙げれば、これだけ昇給する」と云われて必死になって働く。ところが日本人は、そんなことを餌にしても頑張らないのです。日本人は、あの人のため、あの上司のため、あの仕事のために頑張る。貧乏しても構わないといった心情なのです。そういった心情、信条によって発奮する民族です。
先程から日本の国柄について話してきましたが、日本の国柄の根底にあるのは美しい自然です。それなのに、政治的なものもあって離農する農家が増えています。美しい自然というのは日本人の最も大きな特徴である美しい情緒の源泉なのです。その美しい情緒、美感は、世界最高の文学、芸術、数学、理論物理を生み出してきました。その美的感覚,が壊されると数学、理論物理にも影響し、その風下にある科学技術もだめになり、工業立国もできなくなります。
ですから、美しい自然を保つということはどんな犠牲を払ってもやらねばなりません。すなわち、日本の農家、農業はえこひいきしても守らなければなりません。農家、農業にとって、公平は敵で不公平な政治が重要なのです。日本は、アメリカやオーストラリアのように広い土地もなく、相対的に本来農業には適していません。しかし、農業は圧倒的な重要性を持っているのです。えこひいきになっても、農業に国の予算を十分に配分して、米や他の作物も高値で購入する。そうすれば農家の後継者も増えてきます。
これを何でも公平が一番と、農業をやめて他の産業に転換し、食料はどんどん輸入すればよいと考えている人たちも多いのです。そんなことをしたら、日本の自然は荒れ果て、輸入がストップでもしたら、滅亡はあっという間です。
一九四〇年十月に、イギリスの商船がドイツのUボートに片っ端から沈められて、毎月何十万トンという輸送船を失い、食糧備蓄が一週間分になってしまった時がありました。終戦後、チャーチル首相は「もし国民が飢え始めたら、ドイツに降伏せざるを得なかった」と述懐しています。それほど食料というのは他のものとは全く違うのです。
城内 農業の振興は先生のおっしゃるとおりです。それにしてもヨーロッパの食料自給率は高いですね。私が十年近く生活したドイツなどは九八パーセントです。
藤原 そのドイツにして、一九六〇年当時は今の日本のようにせいぜい四〇?五〇パーセントでした。そこでドイツは一念発起してそれまでになりましたが、イギリスもフランスも自給率を高める努力をしてきたのです。
城内 私は外国での生活が長い中で、ヨーロッパの豊かな田園風景は特に印象的です。日本に戻ってきて、私の選挙区であり祖父母のふるさとでもある浜松の自然が破壊されていくのは、本当に心苦しい限りです。後継者がいないから休耕田は荒れ放題になっている。日本のこれまでの農地、田園風景が何ものにも代えがたいことをほとんどの人が気づいていない。どうしたらよいか胸が詰まります。
藤原 六、七年前に竹中氏などは「シンガポールを見習え、経済発展が目覚しい」と言っていました.。しかし、シンガポールからはノーベル賞受賞者はでていないですね。行ってみれば分かりますが、全くのコンクリート・ジャングルで美しい自然は見当たりません。コンクリート・ジャングルからは美しい文学や詩や数学は出てこないのです。日本が見習う国ではないのです。
いかに美しい自然が大事かということです。日本が世界に誇るべき美しい自然、美感が文学や数学を育ててきたのです。知能指数も偏差値も関係ない、美的感受性が最も重要なのです。ですから、国家の在り方を百年スパンで考えて、えこひいきをしても農業を、美しい田園を守るべきです。
しかし、政治家も官僚も国民もその重要性を分かっていません。目先のことばかりを追いかけ、より効率的な産業に参入すれば国際収支が良くなるだろうと考える。五年先、十年先だけなら結構ですが、百年スパンとなると国は確実に潰れます。
二十一世紀になったばかりですが、城内さんの言われるとおり、国内の農業を振興して自給率を高めるべきです。そうすれば食糧問題も環境問題も真剣に考えるようになります。自然が豊かになれば健康も良くなり、美しい情緒に満たされれば惻隠の情も一挙に蘇ります。
城内 今、世界の情勢に目を転じると、中国のチベット問題があり、アメリカはアフガニスタン、イラクに次いでイランに戦争を仕掛けようとしています。
そろそろ二十一世紀の世界をリードしてくれる良識あるリーダーがでてほしいです。
藤原 日本人は自信と誇りを失っているから何もできないですが、 それよりも、日本の政治家はアメリカの大統領に話を伺いに行くだけでなく、説教することが大事です。
私は先ごろ外国人記者クラブで講演をしました。その時、「欧米は最近、図に乗っている」と、先程話したようなことを相当強く説教しました。説教しないと気がつかない。きちんと諭してやらないと気の毒です。
アメリカ人にしてみれば、これほど善意を持って接しているのに、どうして世界中から嫌われているのかと思っています。ロシア人の一人ひとりは素晴らしいのに世界中から嫌われている。それはともに政治が悪いからです。
アメリカやロシアがどうして世界中から嫌われているのかを友人として諭すことが大事なのです。
やはり、二十一世紀の中心になるのは、アメリカ、イギリス連合でしょう。二十一世紀を見据えてアメリカを説得することが何よりも求められていると思います。
城内 それが土下座外交では情けないと思います。まず、政治家から目覚めるべきだということですね。
藤原 今回のサブプライム問題について、その大元であるデリバティブは六京円になっている。デリバティブのうちリスクの高いものを専門家に聞くと「四、五パーセントくらいかな」と軽く答えるが、六京円の五パーセントは、三千兆円です。世界経済はすぐさま崩壊です。
第一次産業とは全く離れたこのような危険なものを野放しにすることは許されません。しかし、残念ながら現在、世界をリードする指導者、大政治家はおりません。共産主義に勝利してその余勢をかって市場原理主義を推し進めたのはいいけれど、振り子のように振れ出してそのうちに綻んできた。資本主義は欠陥だらけで、かといって共産主義は論外です。
今、待望されるのは、経済、政治の分野におけるアインシュタイン級の天才が世界をリードして二十一世紀に合った体制を作って欲しいということです。環境とか、健康、福祉などにも目が行き届いた体制です。
十九世紀だったら慌てる必要はありませんが、現在は科学技術が進み過ぎてゆっくりしていると地球が壊されかねません。緊急を要する問題に全体がシフトする方向転換が必要なのです。
霊性を念頭においた世界の方向転換ということでは、日本は、主導的な立場をとるべき国なのです。
城内 日本の使命はそこにしかないと思えるくらいの特徴を持った国なのですね。私は最近、家族に自給自足のための農作業をしようと話しています。食料は、理屈抜きに自給自足にしないと日本は駄目になってしまうのではないでしょうか。
藤原 それには「たかが経済」という価値観の転換が必要です。経済成長はあったほうが良いが、それよりも大切なものがあるという視点が今の経済学者やエコノミストにほとんど欠けている。いかにして不況を脱するか、そればかり考えている。小さな視点でやろうとするから泥沼にはまり込む。それで十年です。イザナギ景気を越えたなどというのは大嘘です。大きな視点で考え直し、農業振興、環境保全に力を入れて世界の見本になることです。日本には、江戸時代というモデルがあります。
城内 先生がおっしゃるとおり価値の転換こそ大事です。長期的な視点から、土地で取れたおいしい食べ物、豊かな自然、澄んだ空気、清らかな川の流れ、トンボが飛ぶのどかな田園など、みんなが毎日享受できるような社会が二十一世紀に求められているのではないでしょうか。
藤原 竹中氏は日本を金融大国にしろといいますが、あきれてしまいます。日本は、歴史的に見てもモノづくり大国です。工夫力、独創力、そして美的感受性が超一流で、世界でも図抜けています。一五四三年に種子島に鉄砲が伝わりました。それから僅か三十年後には、信長が鉄砲を大量生産している。あっという間に工夫し、独創力を加えて、当時世界でも最高水準の鉄砲を造りだしたのです。
要するに日本は金融大国や外交大国になれません。国民性に合わないからです。日本の真の強さの発揮を壊すような策謀に流されないように、日本の国柄を守っていくべきです。
城内 将来に夢を持てるよう、価値の転換をどこまで図っていくか、どこまで私自身力を発揮できるか分かりませんが、そのリーダー的役割を是非、平沼赳夫先生にやっていただきたいと思っています。平沼先生は、環境問題、エネルギー問題など日本が最も得意とする分野で使命を果たすべきだと主張されていることに、私も共感するからです。
藤原 平沼先生は私が尊敬する政治家の一人です。それと同時に日本のホープ、城内さんが政界にカムバックして頑張っていただきたいと思います。
私の「国家の品格」は二七〇万部くらい出ています。それだけに、今の日本はおかしいぞと思う勢力が増えていることは、これから非常に楽しみです。歴史の流れは速い。アメリカ追随外交に批判的な勢力が加速的に増えているのです。
城内 私の心の内でモヤモヤとしていたことを先生が「国家の品格」の中でズバッと書いていただきましたので、本を読んで本当にスッキリしました。ほとんどの方は、目からうろこが落ちたと言っています。その人たちたぶん、間違った教育や報道の影響を受けており、ようやく正しいことに気がついたのでしょうね。
藤原 私はそういう人が、日本に一人でも増えてくれればよいと思っています。そうすれば、城内さんが今日言われたような方向に目を向けてくれるし、それが私の望みであり唯一の希望です。
プロフィール
藤原正彦(ふじわら まさひこ)
昭和十八年七月生まれ、新田次郎・藤原ていの次男として、満州生まれの数学者、エッセイスト。専攻は数論、特に不定方程式論
昭和三十一年 東京大学理学部卒業 理学博士 ミシガン大学研究員、コロラド大学助教授を経て、現在、お茶の水女子大学理学部教授
[主な著書] アメリカ留学記『若き数学者のアメリカ』(日エッセイストクラブ賞)、『遥かなるケンブリッジ』、『父の威厳』、そして大ベストセラー『国家の品格』(新語・流行語大賞)など多数