◇ コ ラ ム ◇ オーディオマニア(その2)(写真付)
冬場になると真空管アンプの放つ熱で部屋が暖かくなる。まさに暖房代わりだ。9年ほど前に東京の築40数年ほどたったアパートの6畳の部屋で夏場に真空管アンプを三つ使ったら(McIntoshのC20,MC30×2)部屋の温度がどんどんあがってしゃれにならなかった。汗をかきかき昔のレコードを聴くのも命がけだ。
戦前の日本の流行歌を聴くのも楽しいが、昨日紹介した50年ほど前の外国製のオーディオ機器で昭和の初めの頃の洋盤を聴くのもまた格別である。
戦前の日本ではアメリカを中心とする洋楽の盤がかなり発売されており、国会議事堂の近くにあった太陽レコードが発売していたラッキーレコード(Lucky Record)は米国のブランウンズウィック(Brunswick)のジャズを次々と世に出していた。ビング・クロスビー、フレッド・アステア、ハル・ケンプ楽団、エディ・コンドン、デューク・エリントン楽団、ミルス・ブラザーズ、フレッチャー・ヘンダーソン楽団、リズム・レッカーズ、ガイ・ロンバード楽団、グレン・グレイ楽団などである。なにもスイート・ジャズといえば、グレン・ミラー楽団(米ビクター)やベニー・グッドマン(米コロムビア)だけではないのである。ラッキーレコードはその後、太陽レコードから日本コロムビアに移って、そこから発売された。
ラッキーレコードの中で私のおきにいりは、黒人のトランペット奏者であり歌手のヘンリー・”レッド”・アレンの音盤である。特にレッド・アレンのThe Merry Go Round Broke Down(メリーゴーランドは壊れ)は最高傑作ではないかと思う。新品同様の盤を所有しているが、大事に聞いている。
それにしても、日本がアメリカと戦争する直前までかなりの数のアメリカのレコードが日本のレコード会社を通じて発売されたという事実などは今の日本人もアメリカ人も知らないのではないかと思う。戦前の日本人はアメリカ映画を含めてこよなくアメリカ文化を愛していたのである。シャーリー・テンプルが”テンプルちゃん”と呼ばれて、和製テンプルちゃんもいたし、私も日本コロムビアで和製ベティ・ブープが歌っている珍盤など所有しているが、大陸で戦争をしていたのにこんなにおおらかに欧米調のレコードを次々と発売したのである。
戦前のジャズは蓄音機よりもやっぱりガラード301、オルトフォンのSPU(CG65 Di MKII)とマッキントッシュC20、MC30の組み合わせが最高ですね。
太陽レコードから発売された初期のラッキーレコード。
日本コロムビアに移行した後のラッキーレコード。音は米国製のブラウンズウィク盤よりも良いとされている。