◇ コ ラ ム ◇ 「海道東征」(北原白秋作詩、信時潔作曲)
私のレコードコレクションの中に「海道東征」がある。「海道東征」は、昭和15年に財団法人日本文化中央聯盟が主催する紀元二千六百年藝能祭のために制定された交響曲である。歌詞は日本が誇る偉大な詩人北原白秋が作詩し、作曲は「海ゆかば」の信時潔が担当した。八枚組の日本ビクターの「海道東征」のアルバム(A504?A511、昭和16年1月11日東京音楽学校奏楽堂にて吹き込み、当時売価19円60銭)と解説書が手元にある。独唱と合唱は東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)の生徒で指揮は当時まだ助教授の木下保、演奏は同大学の管弦学部である。私がたまたま所有している東京音楽学校の同窓会報の「同聲會報」(第二百五十七号、昭和十五年十一・十二月号)にも紀元二千六百年式典・紀元二千六百年奉祝會に東京音楽学校の生徒が参加し、全国に出張演奏したことが書かれている。独唱と合唱は東京音楽学校の声楽科の職員及び生徒である。東京音楽学校と声楽科といえば、関種子(ソプラノ)、増永丈夫(=藤山一郎)(テノール)、松田トシ(ソプラノ)、高木清(バリトン)、柴田睦陸(テノール)、加古三枝子(ソプラノ)、酒井弘(バリトン)、金子一雄(テノール)、波平恵弘(テノール)、安西愛子(ソプラノ)、藤井典明(バリトン)らを輩出したことでも有名である。
「海道東征」以下の八部で構成されている。
第一章 高千穂
第二章 大和思慕
第三章 御船出
第四章 御船謡
第五章 速吸と菟狹
第六章 海道回顧
第七章 白肩の津上陸
第八章 天業恢弘
この「海道東征」が発表された当時は、まだまだアメリカのジャズや軽音楽が都会を中心にもてはやされていた時代であり、そうした中で大和民族の精神を西洋の交響楽という手法を用いて表現したことは特筆に値する。埋もれた名曲として後生に残すべき秀作である。