衆議院議員 静岡県第7選挙区城内 実

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◎ 政 治 ◎ 硫黄島視察報告

2013.04.15 ピックアップ

昨14日、安倍総理、衛藤せい一総理補佐官、新藤総務大臣、高市早苗政調会長、丸川珠代厚労政務官などとともに硫黄島を訪問した。朝6時半に羽田空港から海上自衛隊の水陸両用の航空機US−2で飛び立ち、硫黄島に10時過ぎに到着。
滑走路の近くの自衛隊施設において海上自衛隊及び航空自衛隊の関係者から硫黄島の現況についての説明を受け、引き続き安倍総理以下一行は硫黄島の自衛隊を激励した。
その後、天山の硫黄島戦没者の碑で行われた追悼式に参列した。続いて、小笠原兵団司令部壕の中に入った。壕の中は火山の影響で熱く、雨水をわずかにしか支給されなかった旧日本兵の大変過酷な状況に思いを馳せるにつけ胸が熱くなった。その後、遺骨収容現場を視察し、総理一行は収容された遺骨に手をあわせる。その後、硫黄島の一番高いすり鉢山まで車でのぼった。
先の大戦の直後の昭和25年頃だったと思うが、山陰氏が日記をとりにいくといって米軍の許可を得て硫黄島に行ってなにかにとりつかれたようにすり鉢山の岸壁から飛び降りて自殺したことを思いだした。
いまだ遺骨が多く残っているこの硫黄島には米軍の火炎放射気によって焼き殺されたいわゆる無念の思いを持っている栗林中将以下の皇軍将兵以下の魄霊魄体が残っているような気がした。
硫黄島には伊勢湾でとれた古式にのっとって作られた天日干しの海水の塩と国内産の水をもっていた。残念ながら日本酒は時間がなくて買えなかったが、山谷えり子先生がお神酒をもってくださった。
心の中で神式にのっとって修抜、大祓詞に加えて秘言を唱えた。
大東亜戦争末期に日米が激戦を繰り広げた硫黄島では2万1千9百人の方々が亡くなり、約1万1千800柱の遺骨が未確認のままである。戦没者の遺骨帰還事業については、戦後70年近くが経過し、遺骨情報が減少し帰還が困難な状況になりつつある。安倍総理は衛藤晟一首相補佐官を中心に官邸がリーダーシップをとって各省庁をまとめ、遺骨収集を加速化させると述べた。
3月21日には政府は「硫黄島からの遺骨帰還推進に関する関係省庁会議」を設置し、本年度中に遺骨帰還団を5回派遣するなど方針を示し、関係省庁の連携を強化し取り組んでいく。引き続き遺骨帰還事業が着実に前進するよう私も尽力して参りたい。